北信濃神楽採訪

新潟市南区 月潟 角兵衛地蔵尊/白山神社

Date

  • 2019年(令和元年)6月23日(日) 月潟まつり/角兵衛地蔵尊祭 ☀
  •  15:00 獅子舞(月潟白山神社)
  •  15:40 獅子舞おわり
  • 2023年(令和5年)6月25日(日) 月潟まつり/角兵衛地蔵尊祭 ☀
  •  15:00 獅子舞(月潟農村環境改善センター)
  •  15:40 獅子舞おわり

Clip

獅子舞「舞い込み」(2019)

(2023)

 


 


獅子舞「金の鯱鉾」「かにの横ばい」「乱菊」(2019)

(2023)

 


 


獅子舞「青海波」「水車」「俵転し」(2019)

(2023)

 


 


獅子舞「人馬」「唐子人形お馬乗り」(2019)

(2023)

 


 


 


Location

角兵衛地蔵尊 新潟県新潟市南区南区月潟2919

白山神社 新潟県新潟市南区月潟294

Notes


リーフレット「越後月潟  角兵衛獅子の由来」
(新潟市南区産業振興課・角兵衛獅子保存会)から引用

・・角兵衛獅子の起りは、いつの時代か詳かでない。
・・只、いい伝えに、常陸の国、水戸の住人で角兵衛という
人が月潟村に移り住んだ。角兵衛はあるとき何者かに殺され、
当時殺害者は足の指のない男ということだけしか判らなかっ
た。というのは角兵衛が殺される際、相手の足指をかみ切っ
ていたからである。残された二人の息子角内・角助は、大衆
の中で逆立ちすることを思いつき、「あんよ(足)を上にし
て、あんよの指のないものを気をつけて見れ」と歌い囃して、
不倶戴天の敵をたずねて諸国を巡り歩いたと伝えられている。
又、信濃川沿いのこの地は昔、沼地であった。年々周期的に
襲う川の氾濫は、村民を飢餓と塗炭の苦しみに追いこんでい
た。これを憂えた農民角兵衛が獅子舞を創案し、農業のかた
わらこれを村民に教えこみ、諸国を巡業した。これが角兵衛
獅子の始祖とも伝えられている。
 徳川中期、宝暦(九代将軍家重)の頃(一七五一~)には
諸侯へも召し出され、その知遇を得て一躍世間に喧伝される
ようになった。・・
・・角兵衛獅子は、江戸時代が一番隆昌した時で時代の寵児
でもあったが、明治時代に入るや時代の流れとともに衰退の
運命に投ぜられていった。・・
 昭和三四年、青柳良太郎村長は、角兵衛獅子のもつ高い芸
能を子供達に伝承したいと、当時月潟東小学校江部保治校長
の理解と協力を得、父兄・児童などの了解を取ることができ
た。幸い父兄の中でも理解者があり、男女十三名の児童が獅
子舞の稽古に参加することとなった。今日の児童生徒による
伝承の始まりである。・・